生活の安全を確かめる、猫のヒゲ

生活の安全を確かめる、猫のヒゲ

猫が新しいものに近づくとき、最初にそっと差し出すのは、目でも前足でもありません。顔の左右にひらいたヒゲなのです。

ヒゲは普通の毛とは違います。皮膚の中に毛のおよそ3倍の深さで根を下ろし、根元には毛細血管と神経線維が密集していて、ひとつひとつのヒゲが小さなセンサーのように働きます。1986年にVeterinary Research Communications誌に掲載されたAhl博士の総説では、猫のヒゲは食べ物を探すこと、獲物の動きを捉えること、仲間とのコミュニケーション、そして空間の把握といった暮らしのさまざまな場面で「触覚の最前線」を担っていると整理されています。わずかな空気の流れや、近づいてくる物体の輪郭、表面の質感まで、肉眼ではとらえきれない情報を読み取っているのですね。

つまり猫は、目で見る前にヒゲで世界を確かめている。そう言い換えてみると、いつもの何気ないしぐさが少し違って見えてくるかもしれません。

近年、猫のヒゲをめぐって「ヒゲ疲労(whisker fatigue)」あるいは「ヒゲストレス」と呼ばれる現象が獣医学の場でも話題になっています。狭く深い食器の縁にヒゲが繰り返し触れることで違和感を覚え、食事を残したり、器の前で一歩引いてしまう猫がいる、という報告です。Slovak博士らがJournal of Feline Medicine and Surgery誌に2021年に発表した研究では、選択肢を与えられた猫は、ヒゲに優しい浅い形の器を好む傾向が見られたとされています。

ヒゲは食事のときだけ働いているわけではありません。家具の隙間に入ろうとする瞬間、登り場の縁を確かめる瞬間、薄暗がりに前足を踏み出す瞬間。猫の暮らしのあらゆる場面で、ヒゲは素材の硬さ、滑り具合、安定感を読み取っているようなのです。

ピカピカに磨かれた金属やガラス、つるりとしたプラスチックなど、表面の情報量が少ない素材では、ヒゲのセンサーがつかめる手がかりが極端に少ない、ということもあるようです。猫がソファや家具の上を一瞬ためらってから登る、あの数秒の「間」のなかで、実はヒゲが小さく忙しく働いているのかもしれません。

そう考えてみると、ダンボールは猫にとって、とても読みやすい素材なのではないかと感じます。繊維の細やかな凹凸があり、適度な摩擦と、押したときに少しだけ沈むやわらかさがあって、ヒゲが触れたときに豊かな情報を返してくれます。冷たすぎず、滑らず、適度な抵抗がある。そういう素材は、猫にとって「ここは大丈夫」と判断する材料になりやすいのだと思います。

ちなみに、ヒゲが顔の横にゆったりと広がって前を向いているとき、猫はリラックスして好奇心を持っている状態だと言われています。逆にヒゲが頬にぴったりと張り付いているのは、緊張や警戒のサインです。家具の中に入ってのんびりと毛づくろいを始めたり、ヒゲをふわりと横に開いているとしたら、その場所は猫にとって、ヒゲのレベルから安心できる場所として認識されている、と捉えてよさそうです。

家具を選ぶとき、私たちが目を向けがちなのはデザインや色、毛の汚れの落としやすさ、長持ちするかどうかといった「人の側から見える要素」です。けれど、家具と猫の最初の出会いは、ヒゲで素材を確かめるところから始まっている。そう考え直してみると、家具選びの基準が少し変わってくるかもしれません。

ヒゲがふわりと横に広がっているとき、猫はその場所を「安全だ」と判断しているサインです。家具を一つ家に迎え入れることで、猫の暮らしの選択肢がそっと一つ増える。Cat Cellarをそんなふうに思っていただけたら、私たちもとても嬉しい限りです。

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※参考:Ahl, A.S. The role of vibrissae in behavior: A status review. Veterinary Research Communications, 10(1), 245-268, 1986. / Slovak, J.E., Foster, T.E. Evaluation of whisker stress in cats. Journal of Feline Medicine and Surgery, 2021.

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